■2008年4月25日〜27日 13th Z-car West Coast Nationals のレポート <PART-1>

  今年で2回目の場所にて、開催されました。
  本来は、DF主催でちょっとしたサプライを予定していましたが、ゲストのスケジュール調整や
  燃料の高騰など諸処の事情で、修正や断念などいたしました。
  さてさて、今年のイベントは、やや車の参加や人が来てなかつたように見えました。
  僕らの推測では、この時期の急激な燃料高騰が原因かと思います。

  今年の1月に、1バレルが初めて100ドルを越えたとの報道がありましたが、今日(5月5日)
  1バーレル=120ドルとの報道が有りました。
  帰国した4月30日に、日本のガソリンスタンドへ行ってくれとの嫁さん頼まれ、夕方並んだのが
  世界の現状でしょうか・・・、。

 米国のガソリン代は、1ガロンの料金なので、1リッターでの算出が面倒ですから、ざっと説明します。
 3年前まで、日本車の中型SUV車(マツダのMPV・日産のクエスト・トヨタのシエナなど)では、約90%の
 ガソリンタンクが減った状態で、$40出せば十分満タンになりました。・・・でも、今は、・・・・。
 $60支払っても、完全には満タンになりません。 ほぼ、$1=100円としてレギュラーで、6000円ぐらい
 支払って満タン位と思ってください。

 もちろん、日本の価格よりは安いのですが、日常で毎日通勤に車を使用し、郊外からの自動車通勤が、
 ほぼ100%のここ、カルフォニアでは燃料費用の出費は、大問題です。 成人した家族分の台数を保有
 しているのが一般的でしょう。

 
 日本でこの状態だったら、レギュラーガソリンでも、1万円の出費は必要でしょう。
 旅行者の我々には、ピンときませんが、車を使用しての遠出のリクレーションには、躊躇もするのでしょう。
 もっとも、リッチなビルはサンフランシスコから新型ポルシェで、参加して来ました。                   


(1) 今回は時間に間に合ったので、(やや地図が判りにくい)ゆっくり準備が出来ると思っていましたが、アメリカ人
 の朝は、早い・・・。ちょっと手前のマックで朝食を取ってきたら、もう他のテントや300GTZは来ていた。

 開口一番から、こちらもオープンしました。
 この日は、常連さんたちのブースが幾つか、出店していませんでした。 当の本人達は来ていましたが、その
 代わり、新しいブースが増えていました。出店数は、昨年より多いようです。
 北米NISSANのテントも有りましたが、今年はGT-Rとマキシマが増えていましたね。 計3台。

(2) こうしてここに、北米NISSANがブースを構えるようになったのは、新型350Zが発表されてからの事。
  意外ですが、このイベントを単なる一Shopの祭典として見ているのではなく、CA(カルフォニア)のOC 
  (オレンジ・カウンティー)を代表する西海岸ので、Zの巨大イベントとして認知されたことでしょう。

 第1回と2回は、MSAの店舗の前で小さなオープンハウスとして1995年から始まりました。

 その後、第三回からカテラの裏通りのコーリンのストリートを遮断して(最終日のみ)、3日間の

 イベントを開催しています。
 毎年その規模は、膨張し続けていますね。確実に。・・批判的な評価をした日本人がいましたが、
 大きな間違いでしょう。 継続は力なり・・。


(3) 私もいろいろなイベントを見てきましたが、ここのイベントほど律整然とZを年代別に誘導している様は、
  たいしたもんだな〜と、感心させられます。
  毎年のことなので、準備や恒例の事など良い条件は整っていますが、訪問者に対しても安心して紹介
  出来るカルフォニアらしい、楽しめる行事ですね。

  もっとも、一件だけ日本人に気になることは、全米内に言えることですが、ゴミの分別は全くしていない
  ことですね。 しかし、以前も見ていますが、オーナー一族が総出でゴミ拾いを素手でしていました。
  こうした模範的な態度は、重要なことだと共感出来ます。特に上に立つ人はね。



(4) この主催Shopのブースは、本日特別価格での販売だけでは無く、前日の土曜日などに会社の裏側で
  中古のパーツや荷崩れパーツなど、特価で販売もしています。
  上の段は、駐車場所へ誘導しているスタッフや、撮影を担当しているジョセフなど、また駐車車両の確認
  には、ジョジョがカートで移動していた。 おっと、社長のグレッグも青いカートで走り回っていました。

  飲み物や、簡単な食事やスナックなどは臨時設置のテントで購入できますが、事前に持ち込んでおくこと
  をお勧めいたします。この公園から出て、近くに仕入れいくことは、ほとんど無理だと思ってください。


(5)Z31・300ZXの50thは2台ありましたが、状態はまあまあでした。
  こうしたサインボードやノーズマスクなど、なかなか日本では見受けられないパーツを装着しているのが
  いいですね。なぜ、まあまあなのかは、フロントガラスが社外品だったり、フロントフェンダーも50th車の
  パーツでは無かったのが、ポイントを下げました・・。私的にはですがね!

  ガルウイングのZ31(前期型)は、良い形状を保っていました。このライトブルーは日本では、全く見無く
  なりました。内装もブルーで(日本でも)好きだったのですが。・・見無いな〜っ。


 
(6)この”300ZX”ターボを、どのように解説いたしましょうか・・・。
  1996年に北米仕様の300ZXの生産が終了しました。 この時期、トヨタはスープラが、またマツダは
  RX−7を生産輸出を中止しました。 各社のスポーツカーの氷河期となりました。
  
  このとき、大きなイベントがカルフォニアのミュージアムで開催されました。
  1996年の北米仕様車の300ZXは、生産台数300台のみを輸出しました。
  その最終生産車は、Mr.K(片山豊) が乗って登場しました。・・そっ、これがその300ZXターボです。
  VIN番号(車体番号)" 960300"なのです。 車両は、ユニバーサルNISSANに保管されて、一時期は
  このミュージアムで展示されてもいました。
  現在は、白人の知人が購入していました。今年、購入したそうです。

(7)さてこの機会ですので、幻の300ZXの一部を公開いたしました。
  VIN番号を見てのとうり、"000002"の試作車です。通称"号試"と呼ばれた1台です。(日本仕様ターボ)
  00001の方は、北米仕様の左ハンドルでしたが、仕様はほぼ同じの2台が並んでいました(当時)。
  車体色はホワイトの単色ですが、2台共に内装色が赤・Redでした。
  現在はこの車両は、存在しませんが一部のパーツを記念に保管していました。

(8) 350Zのガルウイング(米国ではランボーの名称が一般的)に目がいってばかりは、私だけでしょうか。
  新しい商品にも目がいきましたが、真新しいパーツは、選別するのも難しいのが現状でした。

  少々気になる所を指摘すれば、すぐにプロトタイプだからとか言ってネ、・・どうもね・・・。

  350Zのパーツに関しては、ようやく反乱していたパーツが淘汰され、良いものが残り改良されている
  と実感しています。 こうした状況は、日本でも同じでしょう。
  日本では、コピーされた不良のパーツが格安値で乱売されていますが、良いものを見極める力と力量
  を養ってくださいね。 Zが可哀想なので・・・。これは米国内でも同じようでした。