■2008年4月25日〜27日 13th Z-car West Coast Nationals のレポート  <PART-3>

  

 モータースポーツオート社や、WCNのイベントから離れ、本来の仕事や訪問取材など紹介します。
 順序不同ですが、こうした事もしていますよ・・ってな紹介です。
 当日、4月に現地に入ってから、"最新情報"をブログ紹介していましたが、もう少し詳細をお伝えいたします。

 
 今回の渡米時には、もともとよくお会いしていた、ジョンモートン氏とスティーブミレン氏にインタビュー
  と、それぞの代表されるレーシングカーの構造画へ直筆のサインを頂くため、訪問をしました。

  両氏は、共に米国NISSANを代表する名ドライバーであり、伝説の人物でもあり多くの尊敬と、名誉を
  獲得した著名人な文化人でもあります。



http://www.datsun-freeway.com/about/about_zcar_019.html

(17) 訪問の順番は、スティーブの方が先なのですが、スティーブにとっても先輩にあたる、モートンを先に紹介
  いたします。 CAの自宅はLAXにほど近い、元エレクトロモーティブ社の近くにある、古いカルフォニア
  らしいたたずまいの面影を残すお宅でした。
  2001年の12月、富士スピードWAYで開催された、nismoフェスティバルに、ジョンとスティーブは来日した。
  当時の詳細などは、ここを見てみてね。http://www.datsun-freeway.com/about/about_zcar_019.html


  ジョンは自動車レーサーですが、大のバイク好きでコレクターであり、元々のメカニックの技術を
  生かしてレストアを趣味にしている。スクーターも多く所蔵していたが、私に理解できるのは、
  ノートンやBSAぐらいだったが当時は、わたしも憧れのバイク達だった。
  彼のBRE240ZやBRE510は、十分日本でも有名だが、その他多くの米国内の日産車やマツダ・
  シェルビー・ジャガーなどの有名レーシングカーに乗っていたことは、あまり知られていないかと思う。


(18) 誠に残念ながら、こうしたジョンのミニバイクやスクーターのコレクション解説が出来ないのが残念
   であります。すみません。古いバイク好きって私の周りにも多いんだよね。 
   "BRE、INC."は、初代の会社のあった看板だそうだ。EL Secundoの地名は、この近くだね。


(19) 今回、ジョンモートンを紹介するためには、BREの創始者であるピートブロック氏を紹介しなくてならない
  のですが、長文になるので割愛させていただきます。 いずれピートブロック氏とは、別の機会にレポートを
  いたしたいと思います。
  多くのレーサー達が、レース中に大変なクラッシュや事故の経験があるかと思いますが、ジョンもまたこうした
  大きな事故の経験が有りました。 私自身、このことの詳細は、初めて知りました。

  車両は日本ではあまり知られていない、北米日産が開発したNISSAN GTP ZX-TURBO "83" "84"の2台
  ですが、ジョンはマイアミサーキットでのレース中、この車両で登り坂から下りにさしかかる時、前側の揚力に
  よって空中に舞い上がり、後部より着地横転をして大出火してしまいました。84号車だったと思います。 
  彼はひん死の重傷を負いましたが、奇跡の復活をしました。 同車両の写真に友人達からの、回復への願い
  を込めたサインが入っています。今は戦傷記念でしょうか。
  こうしたレーシングカーの空中浮遊は、近年LeMansでも、メルセデスベンツのCLカーが起こしています。



(20) 失礼ながら、今日はジョンのプライベートRoomも訪問させていただきました。
  彼はレーサーとしてだけでなく、セスナ機のライセンスも所有して、プライベートの機体も同系統色で所有、
  これで今も、全米のサーキットやイベントなどに参加しています。 個人の車は、NISSANのピックアップ。
  BREは510のものが多いです、 ファンから色々な物が贈られて飾られていました。
  2階の一室にありましたが、ミニカーのコレクションもケースに一杯展示されていました。

  その後、1階のリビングで日本の雑誌社からの依頼を受け、インタビューをいたしました。
  またその他に、Shin吉川氏が今年描いた"BRE240Z"の限定構造画へもメッセージを頂ました。
  ジョンには2人の美人の娘さんがいます。 今回初めてお会いしましたが、こうして個人的にも、交流をさせ
  ていただき、大変光栄に思います。帰国後、ジョンモートン夫妻から直筆のお手紙を受け取りました。
  ご丁寧な文面で、私の妻へも言葉をかけて頂きました。ありがとうございました。  


(21その他、企業取引のあるNISSANディラー・INFINITIディーラー・バイヤーなど訪問しました。
   パーツの受け取りだけではなく、こうして顔を合わせ会話を通じて交流することが大切です。 日頃の問題や
   不良パーツの返品など処理もありますが、直接得られる情報や新パーツなども有ります。
   現地仕様の車両は、はやり来なくては判りませんね。 350Z nismo 車両は、2007年モデルと、2008年の
   2種類が存在します、また専用の限定車であるため、購入時に北米日産よりスペシャル限定車保証と公認の
   記念ギフトセットが贈られてきますので、購入者は是非申し込みしてください。


(22)午後の2時にSTILLEN社の本社へ訪問しました。(コストメサ所在地)
  当社の担当のショーンに会い、350Zパーツの一部不良?でもないが、質問をぶつけ解説を受け、のち
  ほどお客様へ伝えました。こうしたことも、メールや電話では要領を得にくいので、大切な仕事です。
  担当のショーンとは、もう10年来の付き合い、彼もずいぶんとメタボ系になったな。
  
  事前にアポは取っておいたので、会議室でスティーブと逢い、Shinさんと共に取材会見を取りました。
   今回は、京商さんからの依頼でモデル化した、300ZX・GTSを渡しに行きました。ミニカーの完成度は
  素晴らしいのですが、もう入手が難しくなっているのが残念です。

  赤い車体は、INFINITIG35クーペですが、工場ではG37クーペを分解していました。
  青い車体は、日本には無いアルティマクーペです。$3万で買えるG35クーペとでも思ってください。

(23)今回は、スティーブとShinの会見を目的として、同時にShinの350ZGTS構造画への、サインアップ
   を依頼した。旧知の友人関係にある我々だが、今回は仕事として割り切った会談であった。
   スティーブは、米国レース界のスーパースターであり、全米にその名声は響き渡った人物でること
   を我々は、忘れてはならない。常にSリスペクト(超尊敬)した対象である。

(24) 米国やカルフォニアでも、特に知名度の高い"STILLEN社"ですが、創業当時スティーブは、私に日本の"HKS"社
   のような、総てが出来る会社にしたいと言っていたが、もう十分にその結果は出ているでしょう。

   まその守備範囲は広く、NISSANはもちろん、TOYOTA・LEXUS・HONDA・ACURA・MITUBISHI・FORD・BENZなど、
   ほぼ総てのメーカーの車両に対し、スポーツパーツを提供している。

  STILLEN社は、カルフェニア州のコストメサと言う、治安の良い高級住宅地などがある、商業ヤードに位置する。
  小さな空港に側にあり、近くにはあの有名な、コストメサショッピングモールも有ります。私もここのモールで女優の
  買い物をしていた武田久美子さんにお逢いいたしました。 ハィしっかり写真を一緒に撮らせていただきました。

  この工場のヤードは広く、2ブロック以上を倉庫などとしても使用しているので、広大な敷地となります。
  工場内を自身から案内してくれたスティーブは、自信に満ちた解説を何度もしてくれた。
  何故かいつ行っても、300ZXーGTSは整備をしているな。やはりスティーブは、300ZXの側に立つと良く似合います。
  オレンジ色のFORD・GT-40は、彼のプライベートな所有車である。


(25)今回の訪米では、2人の著名な米国のレーサーの逢い、インタビューを取りました。
   もう何十回も会っている友人関係にある2人ですが、この2人は誕生日が同じ月の同じ日であります。
   もちろん、ジョンモートンの方が年上ですが、翌日には我々が訪問したことは、ジョンに伝わっていました。
   
   普段はあまり見かけない、奥様のジョディーさんだが久し振りに会えたので、私の嫁さんからの手紙を
   直接彼女にも渡すことが出来ました。いつも主人がお世話になり、ありがとうございます。って、こと。
   担当のショーンやDFのスタッフ達と、記念撮影で終了しました。          (2008. 05 Hiro記)